お手製オタク料理

 

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────材料────

  • パンの耳
  • リンゴ
  • バナナ
  • 金柑
  • 胡桃
  • 豆腐
  • 紅茶
  • 牛乳
  • 砂糖
  • 無塩バター
  • カルダモン(粉末・シード)
  • 五香粉
  • タイム

 

 前の日曜の話、久しぶりに手の込んだ料理を作る、ワインを煮詰めたシロップをぶっかけるのを食い終わるまで忘れていた。

 正確なレシピなんてシロモノは書き留めてもいないし、そもそも家にあるもので何となく作った自分用の料理なので二度と同じものを作る事はない。味としては底辺貴族(オスマントルコ)の食卓に年に一度あがるデザートみたいなかんじなんじゃないだろうか。名前は当然のごとく無い。

 ありものとは言え気取ったものを作ると激しい後悔に襲われるので口直しに今日はざぼんを食う。酸っぱい。

 

 最近の人間は歌、ひいては音楽をなんだと思っているのだろうか。最近よく頭に浮かぶ単純な疑問である。

 僕は歌というものは祈りに近い形態をとっている時が一番美しいと思っているし、そう感じられる音楽が好きだ。

 ミックスがどうのこうのとかここのコード進行がどうのこうのとかは音楽を聴く上ではそう重要ではないよもやま話の範疇であって、結局のとこオタク的な話題として終始していることは明らかだと思う。断じてどうする?評してどうする?音楽だぞ?とかはよく口をつきそうになったり。

 まあ最近の音楽に気分的でおひとり様享楽的な「オタク部屋向け」なものが多いのも確かは確かで、ようするに、これを人様の前で歌うのは恥ずかしいなぁって思うような音楽なんだけど、それを恥ずかしいものだと感じとる感性が変質してきているというのが最近の風潮なんだろう。

 恥部、というのは隠さるる場所で、同時に隠れるための場所でもある。

 バットマンの手裏剣制作シーンとかパルプ臭い探偵事務所とかオタク的消費は上に書いた謎料理のごとく秘密裏に行われるべきであってけっして大手をふって慣行されるべきではない、もっこりを超えてもろだしになったら犯罪だしスカートは中身が見えないからいいんだろうがって叫んでみる。

 俺のかくれる場所はどこだ。

 だめだ兄貴、もうじきここにも手が回ってくる、新しいアジトに移らねぇと!、と心の中のヤスが叫び、どうせまた俺は着の身着のまま小さい鞄に今まで蓄えたものを放り込んで旅に出る。

 じゃあな。